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2026.06.19
【番記者コラム】夢の舞台で感じた喜び。トミが描く未来

6月13日、6万人超の観衆が詰めかけたMUFGスタジアム(国立競技場)。

「JリーグオールスターDAZNカップ」のピッチに、FC琉球を牽引する富所悠の姿があった。

「オールスターなんて、ちっちゃい頃にテレビで見てたイメージ。カズさん(三浦知良)が点取るとか、そういうイメージしかないですから」

大会前にそう話した富所にとって、長らく開催されていなかったオールスターは、自分が立つ姿を想像できない「昔テレビで見たお祭り」のようなものだったのかもしれない。だが、地道に積み重ねてきたキャリアの先に、思いがけずその舞台は待っていた。試合後、富所はこう語った。

「そこに自分がこうやってピッチに立てたっていうのを、長くプレーしてて良かったなと思います」

その言葉には達成感よりも、積み重ねてきた時間への実感と感謝がにじんでいた。

 

■ 強豪相手の大舞台で感じた、プレーの心残り

J2・J3 WEST-Bの一員として準決勝のJ1 WEST戦に先発出場した富所。しかし試合は思い描いたような内容ではなかった。琉球では中盤の中心としてボールを引き出し、試合に「遊び心」と変化をもたらす存在だが、今大会ではその持ち味を発揮するには難しい展開だった。

「日頃なかなかやってない選手と、準備期間も1日だけだったんで難しかったですし、相手がJ1で、終始攻められていたんで守備に回る時間が長かった。なかなかボールに触れなかったですね」

連係を深める時間は限られ、相手のプレッシャーも速い。普段の琉球で見せるようなリズムを作り出すのは難しかった。試合自体は1-0で格上のJ1 WESTから勝利を収めて決勝進出を果たしたが、富所個人の感覚としては若干の心残りを感じるものだった。

 

■ 琉球で15年。ピッチで示す「背中」

JFL時代に加入して以来、FC琉球で15年のキャリアを重ね、今年で36歳となった。近年はチーム内で若い選手が増える中、彼らに「安全なプレーに逃げず、自分からアクションを起こしてほしい」と求め続けている。だからこそ、自らがピッチの中央でボールを受け、遊び心のあるプレーを見せることで周囲に余裕を与える「背中」を示してきた。年齢とともにフル出場する機会は減りつつあるが、「今の年齢になっても、まだまだ上手くなる感覚がある」と、居残りでのシュート練習する姿も見せる。

「5分だけでもワンチャンスで違いを作れたり、途中から出る人の期待感というのが選手の価値かなと思います」

そう語るように、短い出場時間でも違いを作れる存在であると信じ、ストイックに自身と向き合っている。ゆえに、オールスターで自分を思うように魅せきれなかった不完全燃焼さはきっとあるだろう。

ただ彼はそれ以上に、触れたこの大舞台の空気が心に刺さっていた。

 

■ 再確認したサッカーの力と「幸せ」

「緊張はしなかったですけど、決勝の夜の雰囲気も良かったですし、(国立の)こういうピッチに立てたってことがいい経験になりました」

自身が出場した準決勝だけでなく、6万人超が詰めかけた決勝戦の熱気も含め、富所はサッカーが持つ大きな力を目の当たりにした。

「僕自身J3やJ2でのプレーしかないんで。これだけ多くの人の前でプレーできるっていうのは幸せなことだなと思いました」

スタンドにはFC琉球のユニフォームを着たサポーターの姿もあった。「ちょこちょこいましたね」とそう言って笑顔を見せた富所は、見つけるたびに手を振って応えたという。クラブを代表して立つ誇りと、応援してくれる人たちへの感謝。国立のピッチで感じた「幸せ」は、そんな思いとともに胸に刻まれていった。

 

■ 非日常の中でより際立つ、根底にあるクラブ愛

今回のオールスターで富所が背負った背番号は普段身にまとう「10」ではなく「9」だった。いつもとは違うユニフォーム、違う仲間、違う番号。それでも、彼の根底にあるのは間違いなくFC琉球で積み重ねてきた日々だ。それを証明するかのように、富所の言葉は何度も沖縄やクラブへと向かっていった。

オールスターは個人の評価によって選ばれる舞台だ。しかし富所は、選ばれたことを誇るよりも、この経験が少しでもクラブの価値を高める力になればと願っていた。これだけの熱狂が特別なものであることを知っているからこそ、その熱狂をいつかFC琉球の日常にしたいという思いも強くなった。それはただの感想だけでは終わらせない、クラブの未来に対する願いであり、自らに課した使命でもある。

 

■ 沖縄の子どもたちとFC琉球の未来へ

この経験は、「いい思い出」だけでは片付けられないものを残した。それは、人を熱狂させるサッカーの持つ力への驚きと、沖縄サッカーの未来への責任感だった。

「これだけ多くの人に見てもらえることだったり、応援してもらえるってこと、サッカー自体がすごいなと思ってます。こういうところでプレーできるように、沖縄の子どもたちも頑張ってほしい」と富所は語る。体感した景色を次の世代にも見せたい。沖縄から育つ子どもたちに夢を持ってほしい。そしてその夢を実現できるクラブであり続けたい。そんな思いが言葉の端々から伝わってくる。

さらに富所の思いは、いつか訪れる「その日」を思い描く景色にまで及んでいた。

「僕は引退するなら、少しでも琉球がこれ(国立の雰囲気)に近づいてくれた場所でというか。少しでも多くの人の前で引退できるのか、2000人の前で引退するのとはまたちょっと違うと思う。琉球が少しこういう雰囲気に近づいてくれることを目標として一緒にやる」

「FC琉球がもっと大きくなってほしい」とただ誰かに託すのではなく「一緒にやる」。その言葉に、一人ですべてを背負い込むような気負いはない。ただ、これからもピッチの中央でボールを引き出し、遊び心を示し続けることで、チームと共にその景色へと歩んでいくという、彼らしい静かな覚悟がにじんでいた。

長くJリーグで戦い続けてきた彼がオールスターという舞台で得たもの。それは勲章でも肩書でもない。サッカー選手としての「幸せ」を再確認したこと。そして、その幸せを沖縄の子どもたちやFC琉球の未来へつないでいきたいという決意だった。

国立で感じた熱狂を、いつか沖縄の日常へ。背番号9で立った舞台の先に、富所は背番号10としての未来を見据えていた。

 

【文・写真:仲本 兼進(RYUKYU SOCCER PRESS)】

 

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